正式名称 タイ王国 Prathet Thai (Kingdom of Thailand)
面積 51万4000平方Km (日本の約1.34倍)
人口 6123万人 (2000年)
首都 バンコク Bangkook
政治 立憲君主国
君主:ラーマ9世、プミポン・アドゥンヤデート国王(シャクリー王朝 1782年〜)
民族 タイ族約85%。その他は中国系、インド系、マレー系、ラオ系、山岳民族等で構成されている。
国語 タイ語 
国教 仏教(スリランカから渡来した上座部[ティラワーダ]仏教) 
宗教 仏教:約94% モスリム:約4% キリスト教:約0.55%
日本との時差 −2時間
通貨 バーツ(Baht 略称=B) 1B=約3円 補助単位=サタン(Satang)
1B=100サタン
紙幣:1000B・500B・100B・50B・20B・10B
硬貨:10B・5B・1B・50サタン・25サタン
電気 電圧は交流220V(周波数50Hz)。
日本の電化製品を利用する場合は変圧器とプラグ・アダプター・キットの携帯が必要。
ビザ ■タイでは、次の条件に該当する場合、ビザは不要です。
●30日以内(出入国日も含む)の滞在で観光目的であること。
●タイからの出国日が指定されている(Fix)航空券を所持していること。陸路での入国は原則としてビザが必要。
●入国 時にパスポート残存有効期間が滞在日数以上あることが必要。
●日本国籍を有する。
※タイ国内イミグレーションで10日まで延長可能。パスポート、写真一枚。申請料500B。

観光目的で31日以上滞在するばあい、ツーリストビザをタイ国外の大使館,領事館で事前に取得することにより60日まで滞在可能。
ノンイミグラント・ビザは90日間滞在可能。

○タイ王国大使館‐東京 : ビザ・セレクション 03−3441−1386
○横浜名誉総領事館 : 045−312−4128
○名古屋名誉総領事館 : 052−963−3001
○大阪総領事館 : 06−6243−5563 5569

ツーリストビザをタイ国内のイミグレーションで申請する事によりさらに30日まで延長可能(係官が延長日数を判断する)。パスポート、パスポートコピー、写真(各1〜2枚)。申請料500B
○タイ国内イミグレーション・オフィス : 
バンコク : (0)2287−3101〜10
チェンマイ : (0)53277−510 (0)53201−755
プーケット : (0)76212−108

※許可なく滞在期間を超過した場合、出国時に空港で一日につき200Bの罰金が課せられます。

マナーなど ●タイの都市部では条例でゴミ、タバコの投げ捨てに最高で2000Bの罰金を科しているので要注意。
タイ人の頭にむやみに触れてはいけない(人の頭には精霊が宿っていると信じられているので)。
足の裏は仏教上、不浄とされているので僧侶や目上の人に汚れた足を向けてはならない。敷居を踏むのも避けたい。ましてや人をまたぐのはもってのほか。
左手も不浄とされているので物の受け渡しは右手で。
女性は僧侶に触れてはならない(それまでの修行が無効になってしまうと定められている)ので注意が必要。
●タイの王室は国民からとても尊敬されているので旅行者といえども王室には敬意を払おう(王室不敬罪があるので批判は慎む事)。バスターミナルなどでは朝晩2回王室賛歌がながれるのでそのときなるべく立ち止まり不動の姿勢をとろう。
トイレ事情 便器のすぐ脇にゴミ箱がある場合、紙は流さずゴミ箱に捨てる。タイ式トイレでは紙を使わず水で洗い流すのが原則だ。ホテルのトイレなどは洋式トイレで紙もあるので行けるときに用をすませるようにしよう。
地理 インドシナ半島の中央部に位置する熱帯の国。北部,東北部、中央部、南部に区分される。北部は1500〜1800m級の山岳地帯で、東北部は別名イサ−ンとも呼ばれ、乾燥したコラート高原が広がる。中央部はチャオプラヤー川が形成した肥沃なデルタ地帯で、タイの中心部となっている。南部は熱帯のジャングルが広がる。
気候 基本的には一年中暑いので半袖シャツで過ごせます。
タイはの季節は雨暑気、雨季、乾季に大別できます。


暑気(2月中旬〜5月中旬):最も暑い季節で40度を越える日も多い。日射病防止の帽子を忘れずに。
雨季(5月中旬〜10月):日本の雨季と同じく天候jは不安定。突然のスコールもあるので雨具の用意を忘れずに。
乾季(10月〜2月中旬):日中は暑いが朝夕は丁度よい涼しさになる。北部では朝夕かなり冷え込むので長袖の衣類を忘れずに。

バンコクから北(熱帯サバンナ気候)と南(熱帯モンスーン気候)では気温差があるので要注意。
タイ年間平均気温は26°C以上。
バンコク、4月は30°C、8月は28.7°C、12月は26°C
チェンマイ、4月は29°C、8月は27.3°C、12月は21.7
°C

タイの歴史 1960年にタイのウドンタニーで発見されたバーン・チェーン遺跡は紀元前2000〜200年頃のもとされ世界遺産にも登録されている。先史時代の遺跡は北、北東部に見ることが出来る。

現在のようなタイ族によるタイ国家が形成されたスコータイ王朝(13世紀)以前の資料は乏しく、いまだに謎の部分は多いのだが、6世紀頃から小国家がいくつも誕生し始め、なかでも、モン族の国家、ドヴァラヴァティ国は仏教文化をタイ全土に広めたとされている。

9世紀にはカンボジアに拠点を置くクメール帝国が出現し11世紀にはその勢力を各地に広げていった。
一方中国の南雲南省にその起源のあるタイ族は漢民族の圧力で8〜9世紀頃から南下しはじめ、各地に小国家を形成し13世紀後半には、クメール族を退けタイ族初の統一王朝、スコータイ王朝を建国する。なかでも、第三代国王ラムカムヘンは上座仏教の布教に力を入れ、タイ文字を考案するなど、タイ文化の基盤を作り上げた。

ラムカムヘンの死後スコータイ王国は衰退し、代わってアユタヤ王朝が勢力を振るうようになり、17世紀には、確固とした統一国家体制を築き、海外貿易も行われるようになった。山田長政らも朱印船で訪れ当地で活躍した。しかし、ビルマ軍の攻撃により18世紀にはアユタヤ王朝も衰退し、1767年には没落するが、武将タクシンがビルマ軍を撃退する。同年トンブリーに首都を定めタクシン王朝が成立するが、タクシン王は精神病を患い部下達に処刑されてしまう(1782年)。
代わって、武将チャクリーが王位に付きバンコクに王朝(チャクリー王朝またはラタナコーシン王朝。タイの現王朝)を築いた。6代ワチラウット王時代より王を“ラマ”と呼びはじめた(現国王プミポン王はラマ9世)。
1932年ラマ7世時代に絶対王政は終り、今に続く立憲君主制が成立する。